しずおか共有ネット

 静岡市内のNPO法人しずおか共育ネットは、静岡県内の中高生を対象とした教育・福祉支援を目的とし、キャリア教育や定時制高校での居場所カフェ事業、探究活動コーディネートなどの多様な取り組みを展開している。その中でも、同団体の活動の出発点である「きゃりこみゅカフェ」について、活動にかける思いや今後の展望を代表の井上美千子さんにインタビューした。

【「きゃりこみゅカフェ」取材班】


代表理事 井上美千子さん
©井上さん提供

県立高校と連携

 「きゃりこみゅカフェ」(以下カフェ)は、しずおか共育ネットが県立静岡中央高校と連携して行う高校生の居場所作り支援の活動である。大学生や地域のボランティアによる「第三の居場所」を校内で提供し、高校生は勉強やゲーム、読書などをしてリラックスして過ごしている。現在、静岡中央高校の生徒30~50人程度が、授業の空き時間や放課後に参加している。


カフェの様子
©フェイスブックより

 井上さんによれば、活動の成り立ちは市民活動のボランティアから始まったという。井上さん自身も会社員としての本業を持ちながら、有給休暇を利用して学校に関わるボランティア活動を行っていた。しかし、学校からの要望が増加する中で、時間的制約もありボランティア活動だけでできることには限界があると感じ、法人化の必要性を痛感した。

 たまたまそこに困っている生徒や先生がいたことがきっかけとなり、「いままでこんなに人に話したことがなかった」という生徒の声や、「あの生徒があんなに笑っているのを初めてみました。私たちの学校には外部の力が必要です」という教員からのメッセージをもらい、自分たちの活動による小さな変化や生徒の笑顔に後押しされ、団体設立に至った。

 NPO法人という形を選んだ理由について井上さんは、「私たちがサービスを届けたい相手が学校であるため、学校との信頼関係を築くことが重要でした」と説明する。非営利法人であるNPOは厳格な審査や情報開示が求められるため、信頼性が高まると述べ、「NPOを設立することは、必要な手続きが多いですが、それが信用につながると考えています」と語る。

 井上さんによると、高校生との関わりにおいて、まず学校の先生との信頼関係作りが重要とのことである。「社会に開かれた教育課程」と言われるものの、学校と外部の団体とのやりとりは容易ではない。団体の活動が学校を通じて高校生に届けるためには、学校との信頼関係構築が重要だと語った。

 また、井上さんは、団体の活動の中で、高校生が心を開くまでには時間がかかるとも語った。いきなり自身のことを話してくれるわけではないので、毎週の活動を通じて日常的な信頼関係を築くことが重要だと強調する。

 井上さんは、信頼を積み重ねることで、自己開示を促すことができるという。「困っていることを話してね」と言うのではなく、日常的な関わりの延長として時間をかけて信頼を築くことが大切であり、高校生側も大人を、「この人を信頼できるのか、話していいのか、この人が話を受け止めてくれるか」など、見極めているとのことだ。信頼が積み重なると、自然と話してくれるそうだ。

フラットな関係が重要

 他にも、教育と福祉の両立においてまず、「フラットな関係性」を築くことが大切だという。その関係は、従来の教員や親との縦の関係、生徒同士や友達同士の横の関係とは異なる。縦の関係でも、横の関係でもない、ナナメの関係がフラットな関係だと、井上さんは説明する。「近所のお兄さんお姉さんや、おじさんおばさんのような立ち位置で関わることで、信頼を築きやすくなる」と語った。また、「傾聴」の姿勢を持ち、どんな話題でも否定せずに聞いてあげることが大切だと強調した。

 大学生が参加する理由として、年齢の近さが重要だと語る。身近なロールモデルとして、高校生が話しやすい存在となるという。生徒は好きなことを話したいと思っており、年が近い人の方が話しやすいという点があると語った。

 「教福連携」は現実には難しいが、井上さんは教育と福祉の橋渡しをすることで、行政や学校にはできない支援を提供できるという。例えば、カフェでの食べ物配布会や冬物配布会などだ。


食べ物配布会の配布物
©フェイスブックより

 同カフェへの参加者が、どのような感情の変化を見受けることができたのかという質問をしたところ、井上さんは、前提としてすべての生徒に良い変化をもたらすわけではなく、変化がある生徒もいれば、別の居場所がある生徒もいると語った。

 その中で生徒が「初めてカフェで信頼してもいいと思える大人に出会えた」と言ってくれたり、卒業生がボランティアとして参加してくれたりしている。これまで関わった中で、特に印象に残っている参加者が「ゆうき君(仮名)」だ。

 ゆうき君は自分の経験を語ることで、きゃりこみゅがもう一度立ち上がる力をくれた場所になったそうだ。悲しみのどん底にいたゆうき君は、多くの人に出会い、学び、次第に今を生きようと心を切り替えることができた。井上さんは、すべての生徒を救えているとは思わないが、出会ったことで少しでも変わっていく生徒が増えていけばいいと思うと語った。

コロナ禍の試練

 この活動をしていく中で大変な思いをした時期があった、それがコロナ禍である。当時は校内でカフェ実施することができなかった。学校外の事務所でカフェを開いたが、校内に比べて参加者は少なく多くの人と出会うことができなかったという。

 しかし、そのような中でも、学校の外で実施したからこその良かった点もあったという。それは本当にカフェのスタッフに会いたいと思っている生徒が来てくれることだった。より支援ニーズの高い生徒に対応することができたそうだ。たとえば、洗濯機が壊れて冬の寒い時期に長い間手洗いで洗濯している家族の話を聞き、その場で募金のお願いをしたところ10分で全額が集まったということもあったそうだ。

 このように「きゃりこみゅカフェ」は温かいコミュニティを形成している。参加してくれた生徒と関わり、変化をもたらすことができることがやりがいなのだと言う。

 教育をどう改善していくべきか、井上さんは以下のように話した。「教育全体に対する関心と投資を増やすことが必要」と語る。

 学校の先生や外部のソーシャルワーカーなどもそれぞれの立場で頑張っているのが現状だ。先生の数を増やしてほしいと言うのは簡単だ。しかしそれがすぐに現実化できるわけではない。井上さんは「今の教育現場の批判ではなくて、何かプラスに動いていくような、そんな働きがけができたらなと思っています」と語った。

 大学生ボランティアさんは現在「アクティボ」というサイトで募集している。静岡大学や常葉大学など県内の大学から毎回3~5人程度の大学生がボランティアとして参加し、カフェでの心地の良い居場所づくりに取り組んでいる。


ハロウィンの仮装をするスタッフ
©フェイスブックより

カードゲームを楽しむ生徒とスタッフ
©フェイスブックより

 また、三菱未来育成団体の助成のもと、「しずおか探究コレクション(STC)」を企画・運営中であり、そこで大学生が伴走支援を行っている。STCは高校生が探究活動を発表するための祭典だ。企画運営を高校生主体で行い、大学生がそれをサポートしている。年の離れた大人よりも親しみやすい大学生がかかわっているということがポイントだそうだ。

 井上さんは、NPOしずおか共育ネットのミッションとして「すべての中高生が自らのポテンシャルに気づき、個性と能力を発揮できる社会の実現を目指していて、多様な価値観、出会い、挑戦の機会を提供したい。また、それによって、高校生も、大学生も、大人も、共に学び合う社会の実現を地域社会に提供していきたい」と語った。

 また、そのような社会の実現への、具体的な取り組みとして、「自分の人生を、自分で決定できる生徒が増えていってほしいと思います。そのためにはまず、選ぶための選択肢を知らなくてはいけない。選択肢を知らないという状況は、今多くの高校生にとって言えると思います。そのような状況を解決する為に、多様なきっかけや人生の選択肢を提供するプログラムをより一層提供していきたいと思っている」と続けた。また、「出会いを通して人は変わっていくと思います。地域の誰々さんと出会ったことによって、自分の人生が少し前向きに考えられるようになった、というような機会をより多くの高校生に届けていきたいと考えている」と語った。

若者に伝えたいこと

 最後に、今の若者に伝えたいことを質問すると、井上さんは「ありのままの自分でいいんだよ」という言葉を伝えた。「今の自分じゃダメなんじゃないか、なんかもっと頑張らなきゃいけないとか、思ってしまう生徒は多い。同調圧力が強くて、周りを見て、自分ってダメなんだって比べてしまうかもしれないけれど、今の自分を好きでいてあげないと誰も自分のことを好きにならない。今の自分をまず好きになってみる。まずは、今のありのままの自分を受け止めた中で、なんかやってみようと思えた時に、それぞれのタイミングで新しい挑戦や新しい出会いに、一歩を踏み出していってほしいと思います」と、優しい笑顔と共に語った。

NPOしずおか共育ネット 「教育と福祉の連携」を目的に、2017年、井上美千子さんが立ち上げた。県内の大人のスタッフや大学生インターン生を中心に活動している。

ホームページ https://shizuokakyouiku.net/

取材班は、田中慎一郎、山本紘史、望月柊聖、苅森睦也、草間泰雅(いずれも静岡大学人文社会科学部「地域メディア論Ⅰ」履修生)。

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