悠久の時を超え、人々を魅了する大谷石
ひんやりとした冷気を感じながら地下へと続く階段を降りると、そこには360度石材に囲まれた広大な空間が広がっていた。そしてこの場所が、かつて人々が採掘作業を行っていたことで生まれたという事実に驚く。宇都宮市大谷町にある大谷資料館は、文化庁認定の「日本遺産」にも選ばれた地域歴史博物館である。今回、その館長を務める大久保恭利(46)さんに取材した。
【大谷資料館取材班】
大谷資料館の歩み

幻想的な雰囲気が漂う地下の採掘場跡地
資料館は1919(大正8)年から86年まで大谷石の採掘場として実際に稼働していた場所を一般公開している。地下の採掘場跡地内は年平均気温が8度と低く、湿気が高いという特徴をもち、常時ライトアップされていることで幻想的な雰囲気が漂う。また、地上には展示コーナーがあり、採掘技術の変遷を示す写真や、戦前に採掘のために使われていたツルハシなどの工具が展示されている。観光地としての魅力も歴史的な価値も備えている施設だ。
大谷石は、他の石材に比べてとても軽く、柔らかくて加工がしやすいという特徴を持ち、耐火性にも優れている。過去には古墳の石室や、奈良時代に建立された下野国分寺(下野市)など、歴史的な建築物にも使用された。東京都千代田区の旧帝国ホテルの建築資材にも採用されており、ホテルのたたずまいに、より一層の味わい深さを漂わせていた。関東大震災の被害も免れた際には、大谷石の耐久性に注目が集まった。
近年では国内外問わず輸出されるなど、建築材料としての市場を展開している。
そんな資料館も新型コロナウイルスにより大きな影響を受けた。コロナが流行する前には年間48万人を記録した来場者数は半減し、毎年開催されていたイベントも中止を余儀なくされた。しかし近年、コロナが収束したことで資料館は、修学旅行やバスツアーの目的地として人気を博し、幅広い年齢層の来場者を迎え、コロナ禍以前以上のにぎわいを見せている。
また、コロナ禍以前は来場者の1割に満たなかった外国人観光客は、県や市のインバウンド事業に後押しされ、現在では2~3割を占めるようになった。特に2024年は台湾からの団体客も訪れるなど顕著な増加が見られ、国際的な注目を集めている。
さらに、映画やミュージックビデオのロケ地としての人気も高まっている。都心からのアクセスが良い点や地下で天候に左右されない点、火の使用が可能な点が注目され、現在では月に4~5件の撮影が行われているという。作品の公開後には「聖地巡礼」として多くの来場者が訪れ、館長の大久保さんも「撮影の影響力は本当にすごい」とその効果を語る。これらの要素が相まって、コロナ禍を経た資料館は、再び多くの人を引きつけている。
大谷を彩るイベント

多くの人で賑わう「フェスタin大家」の様子
昨年11月10日には、「フェスタin大谷」が開催され、県内外から5000人以上の観光客が訪れた。このイベントはこれまでに20回以上開催されており、来場者数も年々増加。大谷地区の活気あふれる名物イベントとなっている。資料館敷地内では、和太鼓やダンスパフォーマンスを披露するステージイベントも開催された。
また、近隣の飲食店・観光施設と連携して、物販ブースやキッチンカーが立ち並ぶマルシェや、飲食店を巡って豪華景品を来場者にプレゼントするスタンプラリーなども実施された。
今回のフェスタは、資料館の地下坑内で宇都宮市のソフトウェア企業が手がけたプロジェクションマッピングも開催され、神秘的でひんやりとした唯一無二の空間に、訪れた人々は圧倒されていた。
「フェスタin大谷」の実行委員会には、若い世代からシニア世代まで幅広い世代の方が参加しており、新しい大谷の姿を来場者に魅せようと、時代の流れにあった企画や演出を心がけている。大谷地区全体で盛り上げようという雰囲気が感じられる催しとなった。
人気観光地ならではの課題
しかし、このイベントには課題も存在する。それは、大谷地区内で、資料館が観光地として群を抜いているため、他の施設との周遊ができないことだ。「大谷の町にはまだやり足りないことがあるため、もっといろいろできると思う。なるべく地域一体となって、資料館から他の場所への周遊を促したい」と大久保さんは話す。その発言からは、大久保さんの大谷地域を盛り上げたいという思いを感じることができる。
また、大谷地区の他のイベントとしてクリスマスマーケットがある。大谷の地元の人が発起人となり2年前から始まった。紙製のランタンを打ち上げるランタンセレモニーを行い、大谷地域の店舗や栃木県内のキッチンカーなどが出店されている。
さらに、大谷の人が感じている現状への不満として「大谷のスマートICがなかなか完成しないことがある」と大久保さんは語った。「いちご一会とちぎ国体2022」のときに完成予定だったが、着工して2年たっても工事は完了していない。現在、東京からの来場者が高速道路を利用し、大谷へ訪れる場合、東北自動車道の鹿沼ICで高速道路を降りる必要があり、そこから資料館まで車で約20分かかるため、利便性に欠ける。そのため、大久保さんは、大谷のスマートICの完成に期待しているそうだ。
時を刻み続ける大谷石

大谷石の魅力について語る大久保さん
館長が考える資料館の魅力を聞いた。第一に挙がったのが館内の景色である。特に地下坑内では、その日の気温や湿度によって、大谷石が異なる姿を見せる。職場は同じでも景色が異なることで、毎日新鮮な気持ちで働くことができるという。また、資料館付近に広がる風景も、「特に秋から冬にかけての紅葉と大谷石の組み合わせは抜群である」と語った。大谷地区は比較的寒冷であるため、紅葉のピークが日光市より一足遅くなる。このずれが競合を避け、観光客を引きつける一因になっているのではないかとのことだ。
次に大谷石その物の魅力についても聞いた。すると、先ほどとは一転し、「変わらないこと」の良さを語った。石材は通常、地上では太陽光や雨などの影響で劣化してしまう。しかし、地下で見られる大谷石に劣化の概念はない。厳かな色や石材としての強固さを保ち続けるのである。まさに静と動の二面性を一体化させた、素晴らしい魅力をうかがうことができた。
今後の取り組み
このような魅力のある資料館だが、課題を抱えている。一つ目は、地下への階段が長いため、歩くことをいやがる観光客の存在である。バリアフリーの考えも併せて、エレベーターを置くことを要望する声も多い。それでも導入できない理由を、大久保さんは「湿気が高くて一番ひどい時では90%を超えて水滴がぽたぽた垂れます。それでエレベーターが壊れちゃうので使えないんです」と語った。
現在、そういった来場者は別のルートからカートに乗せて案内を行っており、こうした問題への対策を図っているものの、エレベーター設置の要望は絶えない。二つ目は、増加する来場者に対し、受付が狭いことである。この課題への対策として、2年後には資料館の改修工事を行う予定があるとのことだ。これらの改修工事後のリニューアルオープン時には、イベントが企画されている。
大久保さんの視野は大谷地区全体へと広がっている。具体的には、先に述べた大谷地区で開催されるクリスマスマーケットの定着を目指すという意気込みや、カフェROCKSIDE MARKETの開店など、若者が魅力を感じる地区にしていこうという取り組みを行っており、大久保さんの大谷地区全体として活気のある場所にしていきたいという熱意が感じられた。
【略歴】
おおくぼ・やすとし 1978年生まれ。宇都宮市出身。高校卒業後神奈川県で過ごしたあと、8年前に宇都宮市に戻り、大谷資料館の館長に就任。趣味はゴルフとスポーツ観戦。
【大谷資料館】
宇都宮市大谷町909。約2万平メートル、地下の最深度約60メートル。開館時間は4~11月9:00~17:00、12月~3月9:30~16:30。休館日は4月~11月無休、12月~3月毎週火曜日。料金は、大人800円小人400円(小・中学生)。
取材班は、石田太陽、泉山響、白井香菜美、白岩大夢、田村大雅、坪野吉晃(いずれも、宇都宮大学地域デザイン科学部「地域メディア演習」履修生)。